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あこがれる

mixiの舞城王太郎コミュニティを見ていて、『阿修羅ガール』を中学生で読める時代なのだと気付いて愕然とした。

俺も中学とは言わないまでも高校生くらいで舞城王太郎に出会っていたら人生変わっていたかもとか思うけど、いやそこまでは言わないけど少なくとも(大文字の)「文学」みたいなものに対する見方、期待度など、諸々考えを改めざるを得ないような事にはなっていただろうと安易に予測がつく。

って俺がそのくらいの歳に舞城作品が読めたかどうかはしらんけど。

だいいち、そんな、時代の流れは残酷でもっと早くアナタと出会っていたかったわ私、否、出会うべきだったのよ的な事態事象ってのは探すまでもなくいっぱいあるわけで、いまここでどうこう言うのは幼稚だしだから言ってもしょうがないけど、人はそういう言ってもしょうがないことに限ってクヨクヨと言いたくなってしまうから許してチョ。

つって何故か舞城王太郎がらみのことを思う時はこうして、だらだらといかにも「舞城的」な話法、レトリック、ナラトロジーを選んでしまう俺の不甲斐無さよ。ってこんなこと書くこと自体がその呪縛に自ずから囚われているわけだけど、これはこれで一つの効用があると俺は信じていることもまた事実なので放っておく。

んで効用。
①字数が稼げる。
②言いたいことが無くてもわからなくてもそれなりに書き続けられる。
③書いたことがリアルタイムに対象化されるので、独り言をブツブツ言ってるよりはいくらか建設的で対話的である。
④とかやってるうちに書くことがだんだん楽しくなっている自分が居る。
⑤「①~④」に気付き改めて我に返り、膨大な時間を無駄にしたような虚無感に苛まれる。
⑥だが独りでブツブツ言ってるよりはいくらかマシ。

わかってもらえただろうか?イヤ、わかんないだろうが、こんな夜中に電話をかけられるような相手もいない俺にとっては、って言うかそもそも一日のうちほとんど誰とも会話しないようなこの生活の中にあって、こういうストレス解消方、自己表現セラピーがあってもいいじゃないの。

自己表現?まあそうっちゃそうだが、イヤそうだろ。それ以外の何だ?

でもまあ表現したい何かがあって素晴らしいとかそういうことではマッタクなく、人はというか「人間」は、やっぱ「人の間」と書くわけだからキンパチ先生みたいだけど人の生というのはそもそもコミュニケーションの中にあって初めて実感されるものだから、こうしてガンガンキーボードを無性に叩いている自分イコール俺@ニート証券はそれでもキチンと生きていますよということだね。うむ。

で言いたいことがどんどん脇道なのか本道なのかわからない方向に進んでいるけどそれも放置!
ともかっく、じゃあ齢26にして初めて舞城王太郎に憧れる俺はいったいこれからどうすべきだろうか。ホント、やんなっちゃう話ダヨ。あ~~~んあんやんなっちゃった、あ~~~あああオドロイタッと。

さあそんでどうすんだ?
俺は金を稼がないかん。
→職探すべし。んで何の職?
→やっぱ「言葉」が重宝されるような仕事がいいんとちゃう@さる方からの助言。
→で出版業界をリサーチ。まったく儲かる気配の無い斜陽業界であると認識。だが出版業界なんてそもそももっと傾くところまで傾いてしまえばよい。俺は「業界」それ自体に興味はない。文学、言葉、何だその、なんつうか言葉を材料にして出来たもの、まあ「本」でもいいんだけど、そう本!、本はなくならないと思う。

イヤ、エコの時代だからなくなるかもしんないし自信は無いけど、そうだな、例えば満員の電車の中で文庫本持って立ってる人が根こそぎいなくなる社会はちょっと想像つかんよね?って数年後か数十年後か百年後くらいに鉄道業界に革新的抜本的なブレイクスルーが起こって世の中から満員電車が根こそぎなくなったらそうとも言えないけど。

ってそーいうこたどうでもエエの!!!

要するに紙の媒体の簡便性利便性は時を経ても尚、残り続けるハズだということが言いたいのだよ俺は。ニンテンドーDSに取って代わられるようなことはまああるかもしんないけど、ナイ、と強く思うよ
何で?
いや何でかはよくわからん。想像やもん。

でも少なくとも紙媒体とデジタル画像媒体(?)の間にあるユーザビリティの溝、マン・マシン・インターフェース的な課題がクリアされない限りは、本はなくならないでしょう、絶対。

手書きからタイプに移行して紙媒体は無くなったか?と言うと、んなこたねえわけで、だがここで「手書きの優位」みたいなオーソリティを掲げるのではなく、俺たちが認識すべきはたんに僕たち私たちに出来ることが増えてきたという単純にそのことの自覚だ。

話を戻して「本」だが、こいつが生き残る為にはどうするか?
仮定の話として、デジタル媒体が紙媒体に拮抗あるいはそれを超える程使いやすくなったとしよう。コンパクトで持ち運びも簡単、最新のニュースもいつでもどこでもネットで見れて、何よりとても読みやすい。
でこんなん出てきたら「本」は滅んじゃうよ~という事態だとして(今のケータイ小説が近いものあるかな?)、全国、全世界の本屋という本屋から紙媒体の書物が消え去るようなことがあるか?

ある。

え?それじゃアカンやろ。と言うのは結論早過ぎ。
もっと想像してみて、まず「一斉になくなる」ってことはまかり間違ってもないだろう。んで「徐々に減っていく」ってのが順当で、何から減っていくかと言うと、しょうもない最新情報を手引きしてくれるような書物は真っ先になくなる。これは絶対。デジタルの速さには絶対勝てないからね。
で次になくなるのは、雑誌。言いたかねえけど。漫画、情報誌、文芸誌、などなど雑誌と言う雑誌は軒並みなくなるだろうねえ。

でそうやって「新しさ」や「速さ」が重視される書物はどんどん淘汰されていくに違いない。
ついでに言うと新聞も、まあどう見積もってもそういう事態だからなくなってるだろうな。

で最終的に残るものは何かと言うと、これも言いたかないけど、「文学」や、歴史などの専門書とかは最後の最後までシブトク紙媒体を選ぶのだと思う。
付け加えると漫画とか画集なんかも残ると思う。ちょっと思いつかんけどこれら以外にも新鮮さや「情報としての価値」に左右されないジャンルのものはいくつか残るハズ。

おお!!結構生き残るじゃない。

つまり、言うことがかぶるけど、「新しさ」ではなく「古さ」、「速さ」ではなく「遅さ」、あるいはそして「モノとしての価値」が求められるジャンルの書物は生き残るのではないか、ということだ。
例えば気になるアノ作家の新作は、もう何年も待ってるけどいつまで待っても読みたい!とか、この画集の印刷がタマランとか、古書のアウラに圧倒されたいぜとか、そういう人間の嗜好に応えるべく、紙媒体は懐古趣味、時代遅れ、とか揶揄されながらもシブトク生き残ると俺は思う。

思うね。

気付いたらもの凄く長くなってるけど、このまま一蓮托生に突き進むと、そんなこんなで有力な斜陽業界である出版業界は、これからどんどん傾くところまで傾きまくって、もうこれ以上傾けないっスというところで完全に理想的でスリムな体型となってこれ以上ないという程の健康さで生きていくに違いない。

で、そこではまさしく本来的な意味で「舞城的」な、つまりスタイルとかのオモテヅラではなく「文学」を「文「楽」」として楽しくてしょうがねえぜアッハハハ~でもってやっているような作家あるいはそれに準ずる者たちがユカイに楽しく世界の変革に一役買っているはずで、その言葉の饗宴、そう、まさに饗宴が世界中に巻き起こってしかるべきなのだ!
いや~実にユカイだ。ホント。

だからホント業界なんてものは傾くところまで傾いてしまえばよい。そうすれば本当に残るモノしか残らなくなるはずなのだ、思考実験的には。ね?

うん、そんでそんな情景に俺は憧れているのです。

いや長文失礼!
じゃまた。
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泣けてくる

今年初のエントリー。
だがこの湿っぽいタイトルはなんだろか。
というツッコミは措いといて、ここでの今後の方針を「手短に思っていることのメモ」としよう。

早速やけどこの頃、というか今更になってようやくエレファントカシマシに涙する。
この歳になるまであまりに渋すぎて馴染めなかったのだろう。
いやもともとカッコイイとは感じてたけど、ようやくようやく彼らの「不器用さ」と言うのだろうか、それが自分自身に何かダイレクトに突き刺さる思いがしてならないのである。
大人になったということなのだろうか。

くるりなんかより全然イイ。
あんな借り物の「侘しさ」に比べりゃ、エレカシの「渋さ」は国宝級。
いやそりゃ言い過ぎだ。というか喩えとして正しくない。
なんせエレカシの良さはホント「不器用さ」の一言に尽きる。
頑固一徹、時代のトレンドなぞ何処吹く風、なのになんだこの溢れるセンチメンタル!
「下町情緒」やら「三丁目の夕日」的なノスタルジーなどとは一線を画すこの根無し草魂。

エレカシはレトロじゃねえぞ。

ウッカリすればスピッツかとさえ思ってしまう宮本のヴォーカルがマジグッド。
どんだけ洗練されようが不器用ホント。不器用も熟練されるという驚愕のパフォーマンス。
ナニモンだ!?

アルバム『町を見下ろす丘』のアートワークは一羽のカラス。
陽光を浴びた背中の濡れた羽に、キラリ光るその一筋が、俺にはエレカシの存在そのものに思えてならない。

マッタク、泣けてくる。
いやイイぜ、ホント。
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プロフィール

前田 裕己

Author:前田 裕己
役者・朗読インストラクターの前田裕己(まえだ ひろき)です。
舞台・映像など、ジャンルを問わず役者として活動中。
2013年より(一社)日本朗読検定協会の認定朗読インストラクターとして、朗読教室の運営や朗読イベントの出演・主催などしています。
2014年よりFULL HOUSE OFFICE(劇団FULL HOUSE)に所属。
俳優としての活動の場を広げているところです。

役者・朗読家・講師などのご依頼は、下記連絡先よりお気軽にご相談ください。

【前田裕己朗読教室】
○講師:前田 裕己(まえだ・ひろき)
○場所:神田・秋葉原近郊
 詳しくは、下記連絡先までお問い合わせください。
〇日時:毎月第2、第4木曜日、19~21時
○レッスン料:1レッスン/1500円、学生1000円。
○定員:10名
○お申込み&問合せ:mdhrk79@gmail.com

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